第19回
中小企業 2代目、3代目経営者の デジタル改革奮闘記
創業60年の旅館業の3代目が挑むDX
(後編)
2024/09/05
目次
本シリーズでは業界・業種を問わず、中小企業の2代目もしくは3代目の経営者の経営改革をテーマにする。特に「DX(デジタルトランスフォーメーション)への挑戦」にフォーカスを当てる。ITデジタルの施策に熱心に取り組み、仕事のあり方や進め方、社員の意識、さらには製品、商品、サービス、そして会社までを変えようとしている企業をセレクトする。
(第17回)、(第18回)、(第19回)、(第20回)では、伊香保温泉街にあるホテル松本楼(群馬県渋川市)の代表取締役社長である松本光男さんと女将の松本由起さんに取材を試みた内容を紹介したい。
今回は、3本目である(第19回)。
株式会社ホテル松本楼(まつもとろう)は松本楼や和風旅館ぴのんなどの旅館業をはじめ、セントラルキッチン・伊香保ベーカリー本店や湯の花パン石段店の企画・運営など経営多角化を進める。ホテル松本楼は、1964年の創業。60年にわたり、多くの観光客に愛されてきた。伊香保温泉に湧く「黄金の湯」「しろがねの湯」を楽しむことができる大浴場、露天風呂がある。2024年6月現在、正社員とパート社員を含めて112人。2023年の売上は、8億7千万円。2030年のビジョンとして「グループ10店舗」を掲げている。
松本光男社長は、3代目。創業者の孫に当たる松本由起さんとの結婚を機に、後継者となるべく2008年に入社した。今回の取材は、2人が同時期に同じ場所で回答する形で進められた。
01 ―――
正社員の若返りを図る
以下は、松本光男社長がインタビュー取材に応じた回答。
「(前回の記事で話したように)2012年に総調理長など3人が同時期に病となり、しばらく休むアクシデントが発生しました。そのことを1つのきっかけに、ベテランだけでなく、若い人たちにも活躍してもらえる職場づくりを目指したのです。そこで新卒採用(主に高卒)をスタートし、一時期は退職者も現れましたが、今も継続しています。
2024年4月の時点で正社員は48人で、そのうち10~20代が31人となりました。パート社員は62人で、正社員と合わせると110人を超えます。パート社員は、全員が40代以上のベテランです。
正社員の若返りを図ったことで、新たな問題が生じるようになりました。10~20代が毎年5~6人のペースで入社するのでその対応や育成に追われます。今度は、ベテランの人たちに目を向ける時間が減ってしまったのです」
02 ―――
若い人の採用をするが、新たな問題が生じる
「(前回の記事で話したように)新卒採用を最初にはじめた時に入社した8人全員が退職しましたから、それを私たち夫婦は気にしていたのです。その後も新たに新卒者を雇ったのですが、新卒入社の人たちに辞められては困るといった雰囲気が私たちにはあったようです。確かにそれはあったのかもしれません。私もベテランのパート社員に、「今度入社した若い人に、おかしなことを言わないでね」などと言ったことがあるのです。ベテランももちろん大切ですが、若い人も大事な存在ですので、そのようについ言ってしまったのだと思います。
パート社員たちからは、「専務(当時は、松本光男社長は専務取締役)と若女将(由起さん)は若い人ばかりを見ているよね」と言われました。私たちにそのようなつもりはなかったのですが、そう見えたのかもしれませんね。意図したものではないのですが、若い人をある意味で過保護にしてしまい、社員教育をし直した時期もあったのです」
03 ―――
旅館甲子園で、若手の育成に自信を持つ
「私たちの中には、トラウマ(心の傷)があったのです。はじめて雇った新卒者8人全員が辞めたことが、ずっと引っかかっていました。それ以降も新卒者の採用をしてきましたが、辞められては困るといった思いが強く、育成する際に言うべき時に言わないこともあったのです。それで問題も生じました。若い人の採用や育成についていろいろと試行錯誤をしながら、どのように育成したらいいのか、などを学んできたのです。
私たちが10~20代の人の育成についてある程度の自信を持つことができたのは、2017年の「旅館甲子園」(※)で、「全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会」に加盟している1350の旅館やホテルなどの施設の中から、ファイナリストに選ばれた頃です」
04 ―――
社員の親からの厳しい一言
「若返りを図ろうとするあまり、10~20代をとにかく雇おうとしていた時期があるのですが、その思いだけでは上手くいかない場合があります。旅館甲子園で実績を残すことができた頃に、育てていくうえで本当に大切なものは何なのかが見えてきたのです。
これから述べる経験も私たちが深く考えさせられたことです。ある時、若い社員が「辞めようと思っています。親からも、そんな会社なんて辞めたほうがいいと言われました」と言ってきたのです。私たちはそれ以前から特に10~20代の採用や定着、育成に全力で取り組んできただけに、とても残念でした。しかも、面識がない保護者の方から言われたのでますます考え込んでしまったのです。我々のどこがどういけないだろう、と夫婦で話し合いました」
05 ―――
社員の家庭を訪問
「その翌年から、私たちが社員たちの家庭訪問をしたのです。ご自宅に伺う以前に、電話などをして保護者の方に事情を説明し、ご了解をいただいたうえでお会いしました。ホテル松本楼の現状やご子息やご令嬢である社員がどのような仕事を担当してくれているかを説明するのです。がんばってくれていることもお伝えしました。
そして仮にお子さんが「退職したい」と相談をしてきたら、まずは「もう少し考えてみたら」などと答えてあげていただけないでしょうか、とお願いしました。「入社3年後には一人前になるように責任を持って育てますので、3年間は辛抱していただけませんか」とも言いました。
最終的に会社に残るか否かを決めるのは本人なのでしょうが、私たちとしては社員の育成に真剣に取り組んでいることを知っていただきたいのです。このあたりが誤解されたまま、退職にいたるのはどうしても避けたいと思い、家庭訪問をさせていただいたのです」
06 ―――
入社前に保護者とホテル松本楼で宿泊
「家庭訪問をすると、保護者やそのお子さんである社員たちがずいぶんと気を使ってくださるのがわかりました。ありがたいのですが、ご負担をおかけするのはよくないと思い、翌年からは入社前にご家族でホテル松本楼に1泊していただくようにしたのです。お子さんと保護者の方が同じ部屋で寝床を並べて寝るのは、いいことではないでしょうか。20歳前後になると、そのような経験はあまりないでしょう。
こういう試みをするのは、人が大切である経営をしているのを知っていただきたいからです。若い人だけでなく、ベテランを含めて社員の皆さんにはいつも感謝をしています。その思いをお伝えしたいためでもあります。正社員の若返りを図ろうとして、必ずしも上手くいかない時期もありました。今は、確かな手ごたえを感じているのです」
07 ―――
売上10億円を突破する仕組み
コロナウィルス感染拡大の頃、確かに業績は不安定ではあったのですが、よかったこともあるのです。この時期には新卒採用や中途採用で雇った人たちが成長し、安心して仕事を任せることができるようになっていたのです。私たち2人ではやりきれない仕事を次々としてくれるのです。
状況に応じて権限移譲もしました。以前は私たちがしていたことを若い人やベテランにお任せするのです。時折、「私がこんなことまでしてしまっていいのですか?」と尋ねられることがあります。私たちは、「どうぞ、どうぞ、よろしくお願いします」と答えます。その仕事がきちんとできる力を兼ね備えていると判断しているので、お任せするのです。こういう社員が増えてきて、会社が組織として動くようになっているのを実感しています。以前は自分たちが考えたように動いてほしいと思っていたのですが、最近は私たちが細かいことを言わなくとも、確実にできるようになっています。ですから、安心なのです」
以下は、女将の松本由起さんがインタビュー取材に応じた回答。
「社員が仮に失敗しても、会社が困ることはほとんどありません。失敗をすると、学ぶことができますよね。私たちも、父と母が寛大であったから成長することができました。両親のその姿勢は大切にしていきたい、と考えています。
社員が、やらされ感で仕事をするのは避けたいのです。こちらが常に指示をして、細かいところまで口出しをすると、義務感になるでしょう。そうではなく、自発的に仕事をしていく仕組みにしたいのです。ですから、社員たちからのアイデアや企画、提案を否定するのはしないようにしています。(前々回の記事で話したように)私が洋風旅館ぴのんをスタートした時も、父と母は反対しませんでしたから。英国に留学中やその後、帰国してから様々なアイデアを父や母に伝えた時も、決して否定はされませんでした。両親のこの姿勢も大切にしたいのです」
(最終回・第20回に続く ※近日公開)
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