第22回

中小企業 2代目、3代目経営者の デジタル改革奮闘記

コロナ不況の中、
3年で200社を超える新規契約を受注

後編


2024/10/18

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本シリーズでは、前シリーズ「ベンチャー企業がぶつかる「10億円の壁」をどう乗り越えるか!」 「売上10億円を超えたベンチャー企業の管理職たちの奮闘!」の続編として、業界・業種を問わず、中小企業の2代目もしくは3代目の経営者の経営改革をテーマにする。

特に「DX(デジタルトランスフォーメーション)への挑戦にフォーカスを当てる。ITデジタルの施策に熱心に取り組み、仕事のあり方や進め方、社員の意識、さらには製品、商品、サービス、そして会社までを変えようとしている企業をセレクトする。 

 

 
今回は明治14年(1881年)創業で、2024年で143年を迎えた株式会社大川印刷 another-window-icon(神奈川県横浜市)の大川哲郎代表取締役社長に取材を試みた。大川社長は、2005年に6代目代表取締役社長に就任。印刷業界が過渡期にあることを見据え、「風と太陽で刷る印刷」「印刷しない印刷会社」を掲げ、大胆な改革を次々と試みている。

同社は1990年代半ばから環境に配慮した経営に取り組んできた。2004年からは、「ソーシャルプリンティングカンパニー®」という指針をする。これは本業を通じて社会的課題を解決できる会社を目指すものだ。環境に配慮した取り組みの1つである「石油系溶剤0%インキの普及啓発を通じた地球温暖化防止活動」が評価され、2015年には「地球温暖化防止活動環境大臣表彰」を受彰した。

2017年に、持続可能な開発目標(SDGs)を経営方針の中核に定める。2019年からは自社の工場の屋根には太陽光パネルを大量に設置。印刷を含め、本社工場で使用される電力の約20%をこの太陽光パネルでまかない、残りのおよそ80%は風力発電の電力を購入し、再生可能エネルギー100%を実現している。2023年には、気候変動アクション環境大臣表彰「普及促進部門・緩和分野」を受賞した。2024年現在、印刷事業を中心にスキャニング事業、コンサルティング事業、映像製作・スタジオ運営を展開する。

NPO、NGOとの協働の経験から市民参加のワークショップでファシリテーターを数多く務める。社会課題解決型スタジオ「with GREEN PRINTING」を運営。毎月第3金曜日は映画上映会・交流会を開催している。

 

 

01 ―――

壁にぶつかり、それを乗り越えようとする時 

 

私は何らかの壁にぶつかり、それを乗り越えようとする時、よく行く場所があります。それは、横浜市内のあるビルです。昭和40年代、そこに大川印刷の本社工場がありました。社長(4代目)や従業員さんたちが懸命に働いていたのです。行き詰った時、夜中に1人でそこに行き、建物の壁に手を当て、どうしたらいいのか、どうするべきかーと考えます。先達からのパワーをもらえないか、と思っていました。

弊社の採用試験の応募書類にも書いているのです。「困難に直面した時にあなたがしていることを30個書いてください」。私の場合、その1つがかつての本社があった建物に手を当てて考えてみることですね。

02 ―――

売上至上主義で経営に臨んではいません 

 

私や母(5代目)は売上至上主義の考えで経営に臨んではいませんから、一部で言われるところのいわゆる10億円の壁を意識することはありませんでした。大川印刷の従業員さんは、会社として10億円を目指すとして号令をかけても、そのこと自体にモチベーションを感じるタイプは少ないかもしれません。1990年代初頭にバブル経済が崩壊しますが、その直前は10億円の少し手前でした。その後は深刻な不況となり、多くの企業の業績が悪化しました。弊社もまた売上がピーク時の半分程に落ち込んだことがあります。

当時は、母が社長をしていました。母は経営が厳しくても従業員さんを大切にする姿勢は変えませんでした。人を大切にする人間尊重の経営という長年の経営方針を大事にしたいと考えていたのだと思います。しかし厳しい時は甘くしてはけない、厳しく考えていかなければならない。そのあたりについて母との間でよく話し合いました。

 

 

03 ―――

社会や地域で必要とされる企業を目指したい 

意見が異なる部分はあったのですが、売上至上主義を避けようとするところでは、一致できていました。その後、2005年から社長になりました。当初から、まずはお客さまや社会から求められていることに取り組んできました。その取り組みが、業績に何らかの形で反映されると思っています。

好きな言葉は、「先義後利(せんぎこうり)」です。中国の荀子の言葉で、義(人として当然の道)を先にして、利(利益)を後にする者は栄えるといった意味です。私は、社会や地域で必要とされる企業を目指したい。従業員さん全員がそのような人財ならば、その企業はなくならないでしょう。このあたりは、従業員さんたちにもよく言ってきたことです。

 

04 ―――

「環境に正しい企業を目指す」 

 
経営にも時流があります。たとえば、顧客満足や従業員満足が注目を浴びたことがありました。私もまた、それらに影響を受けてきました。おそらく、多くの企業が何らかの影響を受け、社内外の態勢を変えてきたと思います。一方で、時代が変わろうともブレないものは企業には必要だと考えています。長く続く企業になるためには必要なことではないでしょうか。それが、大川印刷では「地域や社会に必要とされる人と企業を目指す」なのです。そして、この方針が弊社にとってのミッションです。

「地域や社会に必要とされる人と企業を目指す」がゆえに社会として正しいものは、会社としても正々堂々と言うべきと考えているのです。その1つが、「環境に正しい」です。「環境にやさしい」はこの数十年、多くの企業が使ってきましたが、それはあいまいではないでしょうか。

「やさしい」とは何に対して、どれくらい「やさしい」のでしょう。あいまいな表現はあいまいな思考を生み出し、あいまいな行動を生み出します。「正しい」と判断するのは難しいのですが、できる限り科学的根拠に基づいて判断していこうと会社では伝えています。科学的根拠を可能な限り、基準にして推し進めていきたいのです。


05 ―――

目指すのは「印刷をしない印刷会社」

 

印刷業界は紙を使い、電気を使って印刷機を動かしてきました。環境負荷を真剣に考える必要があります。一方、世の中ではデジタル化が進んでいますが、それにも環境負荷の問題があることを忘れてはいけません。

大川印刷は、2000年代初頭から環境問題には配慮した経営をしてきました。2023年からは、「印刷をしない印刷会社」といったキャッチフレーズを掲げています。そこには、3つのポイントがあります。

1つめはムダな印刷はしないし、お客さまにもさせない
2つめはデジタルと紙の利活用の最適化を提案する会社
3つめはペーパーレス、デジタル化を再エネ100でお手伝いする

それらポイントの基本となる取り組みとして、印刷にかかる電力の約20%を太陽光パネルでまかない、残りのおよそ80%は風力発電の電力を購入し、2019年の時点で再生可能エネルギー100%を実現しています。

あるいは2024年6月現在で、日本では3台しかない機械(スキャンロボット※)を稼働させています。1時間で最大2500ページスキャニングが可能です。この機械も、再生可能エネルギー100%で動かしています。ある従業員さんが見つけて提案してくれたのですが、高価なものでした。それで神奈川県の「ビジネスモデル転換補助金」に申請して採択していただき、購入することができました。

※ScanRobot: オーストリアのTREVENTUS Mechatronics社が開発したブックスキャナー。自動ページめくり機能を搭載し、最小限の負荷で貴重な書籍を高速にデジタル化する。


 

06 ―――

社会課題を皆さんとともに解決するプラットホームにつくる

 

「印刷しない印刷会社」を進めても進めなくても、印刷物はペーパーレスの影響で減っていくでしょう。しかしそのことを脅威と受け止めるだけではいけません。私はこう考え、従業員さんにも伝えています。「『印刷しない印刷会社』と言っても、紙や印刷に対するリスペクトを失ったわけではない。最後の最後に残る印刷物は絶対に紙でなければならないものであり、それを真に知って理解できるのは大川印刷になるかもしれない。つまり、ペーパーレスという印刷業界にとっての危機を利用して新たな事業を推進しているのだ」と。

経営者の1つの仕事には業界や社会、会社や社内外の物事を状況や変化に応じてデザインし、その中でどう生きていくかを考える必要があります。その1つが、社会課題解決型スタジオ「with GREEN PRINTING」です。このスタジオで毎月第3金曜日に映画上映会・交流会を開催しています。「with GREEN PRINTING」は社会課題を共に考え、皆さんと共に解決に乗り出すプラットホームにしたいのです。

 

07 ―――

3年程で200社を超える新規契約を受注

 
2020年前後からコロナウィルスの感染が拡大し、多くの業界や企業で深刻な影響が生じました。弊社もまた、例外ではありません。たとえば、お客さまの中には業績が悪化し、印刷物を減らすケースもありました。さらにこれ以前からペーパーレスが進み、印刷する機会は減りつつあります。

ここ数年はこういう2つの大きな変化に直面し、打撃を受けました。それでも、ここ3年程で200社を超えるお客さまから新規の契約が受注できました。弊社は、2024年6月時点で正社員とパート社員を合わせても30人ほどです。いわゆる営業(大川印刷では「営業」という言葉を用いず、「SWAMPERS」というチーム名で呼んでいる)に専念する従業員さんは、3人しかおりません。ですので、新規開拓の営業に注ぎ込める力には限りがあります。それだけに、印刷の新規の依頼をいただけるのは大変にありがたいことです。

 

 

08 ―――

どんなことがあっても、やり続ける意志をブレさせない

 

新たに発注いただけるお客様が増えている理由の1つには、弊社が2019年の時点で再生可能エネルギー100%を実現していることがあるのではないか、と考えています。「再生可能エネルギー100%」は社会で重要視されてはいますが、先ほどお話したように業績を向上させようとして試みてきたわけではありません。社会で求められていることを率先していこうとしてきたうえでの結果と言えるのではないか、と思います。

2023年の決算では、2020年のコロナウィルス感染拡大の前の時期の売上にはなっていないものの、増収増益となり、回復傾向にあります。お客さまが大川印刷に発注するか否かをお考えになる際に、「再生可能エネルギー100%」を実現しているかどうかも1つの基準なのかもしれません。さらに、大川印刷がそれを実現するためにどこまで真剣に取り組んでいるかを大きな基準にされているように私は思います。私たちは、これからも本気で取りくんで行きます。

ブレないこと、そしてやり続けること。少なくとも、この2つは企業を長く存続させるためにとても大切と思っています。私の経験で言えば、業績や社会の変化の影響を受け、経営が厳しい時がありました。その頃、どんなことがあってもやり続ける意志を曲げない、と言い聞かせていました。今もこの思いに変わりはなく、これからも大切にしていきます。

 

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著者: JOB Scope編集部
新しい働き方、DX環境下での人的資本経営を実現し、キャリアマネジメント、組織変革、企業強化から経営変革するグローバル標準人事クラウドサービス【JOB Scope】を運営しています。
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